北陸新幹線が開業してから、YouTuberさんの投稿を多く見るお店です。
人気店が、益々、賑わっていますよ。
先日に皆んなで宴会に行きましたが、海鮮だけでなく、フランス料理のようなものを出してくれました。
こういうのって、予想外のおいしさに感動でした。
奥田竹志のレビュー
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敦賀は、鉄道と港のまちです。
3度の空襲に遭いましたが、戦前の町並みがジオラマで見ることができて嬉しいです。
父や母は、この町で生きていたんです。
私の父は、この機関区で機関士をしていました。
もう、70年以上まえの話しになります。 -
ここでは、命と平和の大切さを学べます。
今の世界を見ますと、一番大切な平和が置き去りになっています。
世界に平和発信をここから続けることですね。 -
明治2年にあった鉄道計画とは、新橋から横浜そして神戸から大阪、京都、大津、もう一つは敦賀から長浜でした。
日本海側と太平洋側を結ぶという計画です。
長浜から大津というのは琵琶湖の水運利用です。
明治には、北海道の開拓が重要でした。
明治15年の敦賀、長浜間の鉄道開業よりも早く明治13年に幌内鉄道が開業しています。
夕張炭鉱から小樽までの路線です。
日本の鉄道敷設は進んでいきますが、蒸気機関車には石炭が必要ですね。
鉄道が進んだことで、日清戦争や日露戦争のために兵隊さんを集めることができました。
鉄道が日本の経済も大きく発展させることができたと言えます。
敦賀鉄道資料館では、そのようなロマンも感じられます。 -
氣比神宮の本殿欄間に桃太郎の彫刻像が戦前にありました。
なぜ、氣比神宮に桃太郎像があったのかを調べました。
氣比神宮は北陸道総鎮守です。
この北陸道というのが、四道(北陸道、山陽道、東海道、丹波国)の一つで現在の福井県、石川県、富山県、新潟県を含みます。
山陽道は兵庫県、岡山県、広島県、山口県を含んでいます。
崇神天皇の頃(定かでないが紀元節から2世紀)に四道将軍に遠征させています。
北陸道は大彦命、山陽道は吉備津氏が将軍です。
その後の西暦3世紀にヤマトタケルと吉備氏の連合で山陰の出雲征討と関東征討に行っています。
ヤマトタケルは朝鮮半島からの影響が大きく、鉄武具、馬などを大船で北つ海(日本海)から若狭(敦賀、小浜)へ運んできた渡来人との交易があったと考えられています。
また、吉備氏も製鉄技術があったとされています。
鉄剣は銅剣に勝ります。
また、広域に渡って制圧していくには騎馬軍団が必要だったのです。
吉備津氏は山陽道を治め、北陸道は吉備津氏の弟が治めたと云う説があるようです。
岡山の吉備津氏が桃太郎伝説の本家ですが、氣比神宮の祭神の七座の一つにヤマトタケルが入っています。
ヤマトタケルと吉備氏とで大和勢力の基盤を築いたと言えます。
なぜ、敦賀に氣比神宮があるのかは、重要な地域だったことが2000年の歴史から紐解くことができます。