蔵王ロープウェイ
豊富な湯量と強酸性の硫黄泉が特徴で、日本屈指の古湯山形市の蔵王温泉に位置する観光用ロープウェイ。蔵王山麓駅・樹氷高原駅・地蔵山頂駅を結ぶ二路線で構成されており、山麓線は所要時間約7分、山頂線は約10分の移動時間。麓から山頂まで標高1,661メートルまで快適に移動できる。
天気がいい時と悪い時で全然違う。霧が出ると本当に何も見えない。行列の待ち時間は季節次第で、雪のシーズンの混む時間帯は覚悟して行ったほうがいい。
蔵王ロープウェイ
豊富な湯量と強酸性の硫黄泉が特徴で、日本屈指の古湯山形市の蔵王温泉に位置する観光用ロープウェイ。蔵王山麓駅・樹氷高原駅・地蔵山頂駅を結ぶ二路線で構成されており、山麓線は所要時間約7分、山頂線は約10分の移動時間。麓から山頂まで標高1,661メートルまで快適に移動できる。

天気がいい時と悪い時で全然違う。霧が出ると本当に何も見えない。行列の待ち時間は季節次第で、雪のシーズンの混む時間帯は覚悟して行ったほうがいい。
宮城蔵王キツネ村
白石市の山中にあるキツネの楽園。キタキツネや十字ギツネ、ホッキョクギツネなど7種類100匹以上のキツネを飼育している。屋外で放し飼いにされているキツネに餌やりや撮影ができるほか、仔ギツネの抱っこ体験が可能。





においがちょっと強め。においに敏感な人は心の準備が必要かも。
大内宿
30軒を超える茅葺き屋根の民家が建ち並び、江戸時代の町並みの雰囲気をそのまま残す「大内宿」。約400年前に会津西街道の宿場町として栄えた町で、現在は「売らない、貸さない、壊さない」という住民憲章の三原則を元に、伝統的な景観が住民によって守られている。その貴重な景観は、国重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。





大内宿は通り全体が江戸時代っぽい雰囲気で、入った瞬間タイムスリップしたみたい。冬の雪景色がまた最高で、茅葺き屋根×白雪の組み合わせは反則級。
実物大ユニコーンガンダム立像
「劇場型都市空間」がコンセプトの東京・お台場の新名所「ダイバーシティ東京プラザ」にある、高さ約19.7mの実物大ユニコーンガンダム立像。ユニコーンガンダムとは、2010〜2014年に発表された大ヒットアニメーション作品「機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)」の主人公が出会う純白のモビルスーツ。劇中から抜け出てきたかと錯覚するほど精巧に再現された立像は、迫力満点で見るものを圧倒する。

現地で見ると本当にめちゃくちゃ大きくて、迫力がすごい。ファンじゃなくても、実物を見たら震えるほど圧倒されると思う。
京うどん 生蕎麦 おかきた
1940年創業の、平安神宮近くにあるうどんや丼が味わえるお店。4世代にわたって、初代から受け継いだ伝統の味を提供している。平安神宮という観光地からも近く、店頭はどの時間帯に訪れても、常に賑わっているという人気店だ。ダシを重んじる京都の伝統を忠実に守り、使用するのは天然の利尻昆布のみを使用。
さっぱりしたスープとコシのある麺が絶妙にマッチ。ほんのり香りもあって、何度でも食べたくなる美味しさ。
四万温泉
三国山脈を源とする四万川の上流域に位置し、緑あふれる国立公園内にある四万温泉は、1000年以上の歴史を持つ名湯。源氏の武将がどこからともなく現われた童子(神の化身)に導かれ「四万(よんまん)の病を治す霊泉を授ける」という神託を聞き、湧出する温泉を見つけたという。
温泉の聖地~湯めぐりに最高の場所!
新丸の内ビルディング
高層ビルが立ち並ぶ丸の内において、黒を基調にしたスタイリッシュな外観で異彩を放つ大型商業施設。通称新丸ビル。ビル内には150店舗以上のショップや飲食店が入っている。共用部はゆとりある空間が十分に確保されており、各所にソファーやベンチが設けられている。
ビルの中には美味しいグルメがたくさん。東京駅の夜景も最高!
大阪城
安土桃山時代(1568-1600年)に天下統一を果たした豊臣秀吉が、1583年に築城を開始、1585年に完成した大阪城天守閣。その後、1615年の大坂夏の陣で落城したが1626年には徳川幕府により再建。しかし、1665年の落雷により大天守は焼失。長らく天守不在の状態が続いたが、1931年に大阪市民の寄付により、豊臣時代の天守を再現復興。



天守閣の中に入ってみたけど、期待していたのと違ってすごくがっかり…。
水沢うどん街道
伊香保温泉と前橋を結ぶ県道15号線、その伊香保温泉寄りにある水澤寺参道周辺は、「水沢うどん街道」と呼ばれるグルメ街道だ。
水澤観音寺を参拝した後に、うどん街道で日本三大うどんの一つ、水沢うどんを味わってきました。
先斗町通
先斗町通は鴨川と高瀬川に挟まれた南北を貫く通りで、もともとは鴨川の中洲だった。 江戸時代初期に高瀬川が開削され、伏見と結ばれるようになると物流拠点として繁栄を始める。江戸時代後期には繁華街となり、明治に入って対外へのアピールのため「鴨川をどり」の公演が行われるようになると、花街としての地位を完全に確立した。
通りはそんなに広くないけど、両側にはいろんな和食の小さなお店が並んでて、観光客が行き交う素朴な雰囲気の街並み。