なごみの米屋「ぴーなっつ最中」
創業1899(明治32)年。初代店主が地元芝栗入りの羊羹を販売したことが始まりとなって暖簾を掲げ、以来、和菓子を中心に数々のヒット商品を生み出してきた。県内に路面&インストア店舗を展開しており、その基幹になるのが總本店である。こちらは成田山新勝寺表参道に面していて、参拝客らのお土産スポットとしてすっかりおなじみ。
ぴーなっつ最中の銘菓、本当に美味しい!なめらかな食感で、ピーナッツの風味がしっかり感じられます。
なごみの米屋「ぴーなっつ最中」
創業1899(明治32)年。初代店主が地元芝栗入りの羊羹を販売したことが始まりとなって暖簾を掲げ、以来、和菓子を中心に数々のヒット商品を生み出してきた。県内に路面&インストア店舗を展開しており、その基幹になるのが總本店である。こちらは成田山新勝寺表参道に面していて、参拝客らのお土産スポットとしてすっかりおなじみ。
ぴーなっつ最中の銘菓、本当に美味しい!なめらかな食感で、ピーナッツの風味がしっかり感じられます。
日本三秘湯 谷地温泉
開湯400年以上を誇り、徳島県の「祖谷渓(いやけい)温泉」、北海道の「ニセコ温泉」とともに日本三大秘湯に数えられる青森県の「谷地(やち)温泉」。昔ながらの湯治場の雰囲気を残した温泉宿で、日本百名山のひとつ八甲田山麓に佇む。周辺には谷地湿原が広がる大自然に抱かれたロケーションも魅力だ。本館と東館、西館と全36部屋あり、どの部屋からも広い窓から四季折々の景観を眺めることができる。
温泉周辺の景色がとても素敵で、山々に囲まれていて眺めが最高です。温泉街を歩きながら自然の美しさを満喫できました。
種差海岸(たねさしかいがん)
三陸復興国立公園内にあり、国の名勝にも指定されている美しい海岸。四季折々の多彩な花々や清々しい天然芝生、奇岩怪石が連なる海岸線、樹齢100年もの松林や愛らしいウミネコなど、変化に富んだ自然美が楽しめる。太平洋に面して約12kmにわたって続く長い海岸線は、4つのエリアに大別できる。一番北側に位置するのは「蕪島」エリア。
遊歩道を歩きながら海の景色も楽しめる、最高のスポット!
弘前れんが倉庫美術館
築100年を超える赤れんが倉庫を活用し、2020年にオープンした美術館。明治、大正期に酒造工場として活躍し、弘前の風景を作ってきた吉野町煉瓦倉庫を改修した貴重な建物だ。 春夏、秋冬と年2回展示替えを行い、国内外の先進的なアートを紹介。また、弘前をはじめ、東北地域の歴史や文化と向き合う同時代の作品を収集・展示している。
この美術館では奈良美智さんの作品を見られました。犬や羊のモチーフ、鮮やかな色使い、独特なまなざしの人物など、どれも魅力的。明治時代の倉庫を改装した建物も歴史と文化を感じられて、とてもおすすめです。日本各地で歴史や文化の伝統を感じられるのもいいですね。ぜひ訪れてみてほしい場所です。
十和田八幡平国立公園
青森県、岩手県、秋田県の3県の山岳地帯にまたがって広がる雄大な国立公園。有名な景勝地・奥入瀬渓流や十和田湖、八甲田山などから成る十和田・八甲田エリアと、岩手山や秋田駒ヶ岳などが含まれる八幡平エリアと、大きく2つのエリアから構成されている。
十和田八幡平国立公園は自然がいっぱいで、さまざまな体験やアクティビティが楽しめます。都会の喧騒を離れて自然と触れ合い、素晴らしさを実感できました。
鳥取砂丘 砂の美術館
砂像を専門に展示する世界初の美術館。「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれた、茶圓勝彦氏がプロデュースし、各国から砂像彫刻家を招いて世界最高レベルの砂像を造作している。
定期的にテーマが変わる展示があって、作品のバリエーションも豊富。どれも表情がリアルで、とても精巧でした。
縮景園
縮景園は広島藩主浅野長晟 によって、元和6年(1620年)から別邸の庭園として築かれた。昭和20年(1945年),広島に投下された原子爆弾により壊滅的な状態になってしまう。その後の昭和24年(1949年)から始まった復旧は約30年をかけて完成し,現在に至っている。
池の錦鯉がとてもきれい。100円でエサを買ってあげることもできます。
岡山後楽園
岡山藩主、池田綱政がやすらぎの場として作らせた大名庭園で、1700年に一応の完成をみた。綱政の時代には、園内の座敷から眺望を楽しむ庭だったが、時代ごとの社会情勢や藩主の好みにより庭の景観は変化し、水路や池が造られるなど徐々に回遊性が増していった。
園内の手入れが行き届いていて、景色も素晴らしい!
原爆ドーム(平和記念公園)
原爆ドームはもともとはチェコ出身のヤン・レツルの設計により、大正4年(1915年)4月5日に「広島県物産陳列館」として完成。しかし、原爆投下の際には爆心地から160mの至近距離で被害を受けた。むき出しになった鉄骨や、ボロボロになった外壁などが、被爆を受けた当時のままで残されており、いつからか「原爆ドーム」と呼ばれるようになった。
歴史の教訓を忘れず、同じ過ちを繰り返さないようにしたいですね🙏
萩城下町
1604年、毛利輝元が萩城を築いて以来、260年間にわたって36万石の城下町として栄えた町、萩。白壁やなまこ壁(土蔵などに用いられる日本伝統の壁塗りの様式)、黒板塀の美しい町並みは、「江戸時代の地図がそのまま使える」と言われるほど江戸時代の町筋がそのまま残り、当時の風情が色濃く残る。
昔の町並みがそのまま残っていて、まるで江戸時代にタイムスリップしたみたい。